Q0801 のバックアップ(No.1)


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問題

次に掲げる暦の要素のうち、古来あまり重視されなかったにも関わらず、明治時代に急速に広まったのはどれか。①十二支;②六曜;③彼岸;④二十四節季

正解

正解は ②六曜 です。

解説

明治6年の改暦では、新暦への移行を強く促すために、旧暦で広く使われてきた十干(甲・乙・丙…)や十二支(子・丑・寅…)を民間のカレンダーに記載することを禁止しました、ところが、それまで十干・十二支で占いの類を楽しんでいた人たちは、その楽しみがなくなってしまったので、どうにかして代わりのものを探そうとしました。そうして探してみると、六曜(大安・仏滅・友引…)が規制対象になっていないことが判明し、その後、広く使われるようになりました。

つまり、「大安」「友引」などという言葉は、江戸時代にはほとんど普及していなかった考え方なのです。

補足。

③の彼岸とは春分・秋分を含む各7日間(のはず)で、この時期にご先祖さまが現世に戻ってくるという信仰は昔からあったものです。

④の二十四節季はときどき天気予報で耳にしますが、これは、太陽が天球上を一周する期間を24等分して、その節目の日時に名前をつけたものです。これは漢字圏だけのものではなくて西洋でも使われているもので、たとえば「春分」「秋分」は英語では「spring equinox」「autumn equinox」と言われます。Equinoxという単語の由来はラテン語で、equi- は「等しい」、nox は「夜」で、「昼と夜との長さが等しい」が原義です。

基準日

2015.05.19